2007年09月

山田寿太郎さん

沼津 山幸人(沼津広報19年10月1日号)
沼津の山の幸を与えてくれる山田寿太郎さん(81歳)。
寿太郎さん? どこかで聞き覚えが…。
そう、あの「寿太郎みかん」の生みの親、その人です。
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「農業は身体が資本。自分自身が元気でないと、みかんも元気に育たないのはもちろん、食べる人たちにも元気を与えられないからね。」と、軽快な足どりで急斜面を登り、みかんを世話する寿太郎さん。
終戦後すぐに、みかん農家を継ぎ、青島みかんの栽培に精を出していた寿太郎さんは、昭和50年に突然変異したみかんを発見しました。それが現在の小ぶりで、糖度が極めて高い「寿太郎みかん」の始まりです。
最近では、ジャムや缶詰、ワインなども販売されており、「最近は、"はいから"なものが出てきてるねえ。」と、寿太郎さん。
「自分の山、自分の手で、たっぷり愛情を込めて作ったみかんは、可愛くてしかたがないよ。しかも、名前も一緒だから格別だよ。そんなみかんをみんなに大きな声で"おいしい"と言って食べて欲しいね。」と、元気な笑顔で話してくれました。

求む!有力情報

沼津市宮本地内における
女性殺人・死体遺棄事件
捜査特別報奨金対象事件
「300万円」
沼津警察署0120?57?0136

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第54回沼津牧水祭・酒のうた案内

第54回沼津牧水祭
碑前祭・芝酒盛


とき 10月21日(日)午前11時
ところ 沼津市千本浜公園牧水歌碑前
[碑前祭]
献酒・献花・挨拶 榎本篁子沼津市若山牧水記念館館長
祝辞 沼津市長、沼津市教育長
舞踊 花柳寿宗ー牧水を舞うー
詩吟 岳心流愛吟国風会
中学生短歌コンクールの表彰
合唱 「牧水のうた」を歌う会
[芝酒盛]
太鼓 ようそろ
野点席 宗菊会

地酒牧水、おでんのサービスがあります。
皆さまのご来場を心からお待ち申し上げます。
主催社団法人沼津牧水会後 後援 沼津市教育委員会
[連絡先]沼津市若山牧水記念館(055-962-0424)
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新刊紹介
本年は、若山牧水没後八十年目、沼津市若山牧水記念館の開館二十周年です。
本会は、これを記念して「牧水と酒」をテーマとする「日本ほろよい学会」沼津大会を開催するに当たり、牧水の酒にまつわる短歌三六七首と随筆四編を掲載した『牧水酒のうた』を刊行しました。
解説は、「日本ほろよい学会」会長の歌人佐佐木幸綱早稲田大学教授にお願いいたしました。牧水の歌集、随筆、紀行文等の単行本リスト、略年譜を載せ、短歌の初句索引も付けました。お酒好きの人はもちろん、そうでない人にも十分楽しんでいただけるものと思います。
定価五〇〇円。当牧水記念館売店で取り扱い中。

日本ほろよい学会

沼津で初の日本ほろよい学会」(沼朝平成19年9月26日(水)号)

酒にまつわる短歌を解説・地元の魚料理と各地の銘酒に舌鼓

第9回「日本ほろよい学会」が二十一日、上土町の東急ホテルで開かれ、全国の日本酒党や若山牧水ファンら三百六十人が集まった。今回は若山牧水没後八十年、沼津市若山牧水記念館開館二十周年記念事業として「沼津大会」と銘打ち、「酒、そして牧水」をテーマに沼津で初開催。参加者は、同会会長の佐佐木幸綱・早大教授と宮崎県日向市の東郷町若山牧水記念文学館・伊藤一彦館長の対談を聞いた後、地元の魚料理を肴に秋田、宮崎、静岡県の銘酒を堪能した。
牧水の菩提寺、千本山乗運寺住職の林茂樹・沼津牧水会理事長のあいさつで開会。林理事長は「日本ほろよい学会を知らずに出席している人がいるかもしれないが」と切り出し、同学会が日本酒の復権を担うため一九九九年に設立されたことなどを説明。
牧水の孫で沼津市若山牧水記念館館長の榎本篁子さんや佐佐木会長、俳人・黒田杏子さん、牧水の生地・東郷町や、同会を立ち上げた秋田市、第6回開催地の宇都宮市からの出席者らが紹介された後、出席者は沼津の地酒「牧水」を味わいながら対談を聞いた。
牧水は旧制中学時代から四十三歳で他界するまで八千首近くの歌を作った。佐佐木会長は、牧水が二十代半ばに作った『白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしずかに飲むべかりけれ』を挙げ、牧水が酒を歌った三百六十七首のうちの最高傑作だとした。この歌には、秋の澄んだ冷気が背景にあると解説。
牧水が最も酒を飲んだのは一つ年上の人妻との恋に落ちた早大の学生時代で、佐佐木会長は「自虐的に酒を飲んでいたが、失恋して信州を訪れた時に『白玉のー』を作った」とし、これを収めた歌集『別離』の出版を機に牧水は世に知られるようになったという。
牧水は早大時代、福岡県出身の北原白秋と同級生となり親交を重ねた。牧水が飲んだ酒は、ほとんどが日本酒だったが、コニャックやウイスキーを詠んだ歌もあることを紹介した。
伊藤館長は、歌人としての佐佐木会長が作った「酒の歌」の中から二首を挙げ、『ひぐらしを聞きつつ腹に沁ませゆく日本の酒にしくものはなし』『長生きはめでたしとのみいえざれど酒飲むための一生(ひとよ)長かれ』を称えた。
一方、焼酎生産が盛んな九州にあって宮崎県は日本酒生産の南限だと説明。同県南部は、かつて薩摩藩だったことから焼酎を飲むが、牧水の生地、東郷町は北部にあり日本酒が主流だ、と話した。
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佐佐木会長は「日本人が酒を飲むのは幕末頃からで、祭りの時などが多かった。失恋をして酒を飲むという牧水のような飲み方はなかった」と解説。早大時代から金に困っていた牧水は、おじから借りるなどして酒を飲んでいた。
結婚後、金がない時でも、家族に金がないことを感じさせず、長男の旅人さん(故人)は「家が貧乏だとは思わなかった」と述懐しているほど。
牧水は、いくら酒を飲んでも乱れることはなかった。朝二合、昼二合、夜六合飲むのが日常で、客があれば二升、三升と盃が進み、家には一斗樽が置かれていたという。
酒の歌では、大伴旅人の「讃酒歌十三首」が有名で、幕末近くになると良寛、橘曙覧(たちばなのあけみ)が知られるが、牧水ほど多くを残した歌人はいない。
続いて、秋田市の那波酒造が同会のために醸造した「ほろよい」が紹介された後、芸人寄合衆「ようそろ」による牧水太鼓演奏で開宴。出席者は牧水のように、じっくり、静かに日本酒をたしなみ、ほろ酔い気分を満喫した。

若山牧水顕彰全国大会

裾野で若山牧水顕彰全国大会・きょうゆかりの地ツアー

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近代を代表する歌人若山牧水(一八八五「一九二八年)の偉業をしのぶ「第八回若山牧水顕彰全国大会」が二十二日、裾野市民文化センターで始まった。二十三日まで。全国の顕彰団体などから約八百人が参加し、沼津に居を構えた牧水が好んで訪れた裾野の地で足跡をたどる。
開会式では主催者を代表し、大橋俊二裾野市長が「霊峰富士を仰ぐ裾野市へようこそ。牧水の歌が時代を超えていつまでも受け継がれていくことを祈ります」と歓迎の意を示した。
裾野牧水を語る会の藤岡武雄会長が「富士山と牧水と裾野市」と題して講演し、牧水の高弟であり、親友でもあった同市の農民歌人鈴木秋灯との親交や、富士山への強いこだわりについて作品を通じて解説した。
藤岡会長は、牧水が富士のすそ野の光景をふるさとの"天孫降臨の地"高千穂の高原に例えた
ことに触れ、「原初の自然の姿を求めたのではないか」などと分析した。
パネルディスカッションも行い、牧水の孫の榎本篁子沼津若山牧水記念館館長や牧水の出身地、宮崎県旧東郷町にある若山牧水記念文学館の伊藤一彦館長らが意見を交換した。
大会に先立ち、同センター敷地内の歌碑の前で碑前祭を行い、約四百人が献花して牧水に思いをはせた。秋灯の親族も参列した。二十三日は、牧水が投宿した裾野市須山の清水館などゆかりの地をめぐるツアーを行う。(静新平成19年9月23日(日)朝刊)
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