まちづくり

まちおこし鉄道写真展2016

まちおこし鉄道写真展2016
ー静岡県鉄道発祥の地・沼津ここにありー
6月26日~7月3日

Email001
 

ある沼津市議さんの中学時代の沼津の産業観光についての文集を発見!

沼津第一中学校2年B組文集より(昭和30年)
商30年沼津の未来 

 沼津の産業観光について

 (2)千野慎一郎

 誰でも自分の住んでいる土地の発展を願いますが、沼津市は地勢や位置からいって将来必ず大発展すると期待しています。日頃僕が考えている大沼津の構想の一端を述べる事は大変愉快であります。郷土の発展には先ず産業の発展がなくては成り立ちません。産業の発展には、海・陸交通の便利な事と、電力・水道の供給が第一に必要です。幸い、どちらも今後ますます供給されると新聞等で聞いております。

 次には、港湾の施設を清水に次ぐ貿易港の規模にすべきだと思います。先年進駐軍の物資を荷上げするために一億円か二億円で始めるような話を聞きました。海上からの物資の集散地ともなれば、色々な大工場の誘致も問題がありません。これによって、生産も消費も増大し、沼津は活が出る事と思います。港湾の施設と同時に遠洋漁業の基地ともいえる漁業の計画も忘れる事は出来ません。水産物の加工工場も他の施設と共に交通の要衝地沼津は、東西どこの消費地にも出荷出来ます。そして、農地と工地帯と衛生的な住宅地を計画的に集中し、道路と下水を整備すべきです。

 さて、観光はどうでしょう。千本松原三津、大瀬等の観光地がありますが、まだ十分ではありません。香貫山や門池のように市民に親しまれている所が数多くありますが、交通や設備が不十分で、市民以外には余り知られていない。

 ですから、先ず始めに、香貫山にアスファルト道路をめぐらし、頂上には見晴し台や天文台の施設を設け、子供の遊園地を作れば、四方の展望が良いのですから日本平以上の観光地になると思います。

 三津の発端丈山は、淡島、愛鷹山のバックに富士を望む景色は、達磨山以上でしょう。残念ながら、道路も観光施設もないことです。

 最近県では伊豆の循環鉄道を敷く計画を立てているようですが、沼津より三津大瀬を通り、松崎、下田を通って伊東へ抜ける鉄道が敷ければ、時間は短縮するし、観光客が増え、沼津は伊豆の西玄関口として、温泉こそないけれど、四季を通じて来客が増え、商業が発展することは間違いありません。そうすれば、熱海伊東と並んで観光都市となるでしよう。

 二Bの諸君が大きくなって、ああ、あの頃は良かったと考える頃は、沼津はどんな変化をしているでしょう。それは、その時のお楽しみ。

コンパクトシティー

 コンパクトシティー

 国民の理解広がらず

 国は人口減少時代に対応した新しい街づくりを進めようとしています。

2014年11月27日11時39分29秒0005 

 Qどんな街ですか。

 Aコンパクトシティーという言葉を聞いたことがあるでしょうか。役所や病院、スーパー、住宅といった暮らしに必要な施設を駅前などに集め、公共交通を充実させて、マイカーに頼らずに暮らせる街にしようというアイデアです。

 Q小さくまとまるということですか。

 Aそうです。街が郊外に広がって、中心部が空洞化している地方都雨が目立ちます。この状態で人口が減り、広い範囲に人が散らばって住むことになると、車に乗れない人は買い物にも困ってしまいます。道路や上下水道の維持、ごみ収集などの行政サービスの効率も悪くなります。

 Q実現すれば人口が増えますか。

 A増やすというより、人口減少時代に見合った住み方に変えようという発想です。ただ保育園や学校もある便利な街になれば、子育て世代も集まるでしょう。

 Qうまくいくでしょうか。

 A実はコンパクトシティーという考え方は目新しいものではなく、国は2000年代以降、規制緩和や税制優遇などで中心部集約を後押ししてきました。実現を目指した都市もありますが、路面電車をうまく生かした富山市のように成功例とされる地域は少数です。

 Q何が問題なのでしょう。

 A何より国民の理解が広がっていません。内閣府の8月の世論調査では、64%がコンパクトシティーに反対だと答えました。街づくりの方向性を転換するには、より広い議論が必要です。

(静新平成261126日夕刊「Q&A地方創生」)

商都に衝撃 下

商都に衝撃 下  西武沼津店閉店

都市整備 回遊性、集客に懸念

 ""づくりが急務

 「いつかはこうなると思っていた」「沼津駅の南側はこれからどうなってしまうのか」ー。西武沼津店(沼津市大手町)の撤退が明らかになった627日、沼津仲見世商店街の男性店主と常連客の女性はため息交じりにつぶやき、「SEIBU」の青い大きな看板を見上げた。

 かつて「商都」の名を欲しいままにした沼津市中心街。その衰退は年々深刻さを増している。市の調査によると、駅南側を中心とした市街地の1日当たりの歩行者数は1991年の約156千人をピークに減少し続け、2011年度は41千人にまで落ち込んだ。

 こうした現状とは対照的に、駅周辺では県東部の拠点都市を標ぼうした再開発事業が着々と進む。駅北口では06年に都市型商業施設「BiVi沼津」が開館し、14年夏には東部コンベンションセンター「プラサヴェルデ」が全館オープンする。

 再開発事業と連動して行うはずだった鉄道高架事業は貨物駅移転先の地権者らの反対があり、先が見えない状態が続いている。ちぐはぐな都市機能整備とまちのシンボルの消滅により、沼津全体の回遊性や集客力の低下を懸念する市民は多い。特に駅南側に人を呼び込むには、西武沼津店に代わる新たな""づくりが求められる。

 同市のNPO法人駿河地域経営支援研究所の深沢公詞理事長は「もはや商業で人を呼べる時代ではない。中心市街地の再生とは何か根本的に見つめ直し、早急に行動に移さなければならない」と力を込める。

 西武沼津店の閉店は、経営陣が厳しい小売店業界の現実から目をそらさずにスクラップ・アンド・ビルドを断行した結果と言える。企業経営研究所(三島市)の中山勝常務理事は「まちづくりの計画も時代に合わせて常に修正していくべき。中心市街地にあらゆる都市機能を求めるのではなく、病院や文化施設など目的がはっきりした施設を置き、地域の役割にメリハリをつけることが大切」と指摘する。

 少子高齢化、定住人口の減少、商業施設の郊外進出ー。時代の波と対峙(たいじ)している沼津市は今、決断が求められている。

(東部総局・田辺貴一、豊竹喬が担当しました)

(静新平成2471

中心街根本的に見直せ

静岡新聞 社説<2012.7.1>

西武沼津店撤退 中心街根本的に見直せ
 

 沼津市のJR沼津駅前の西武沼津店が来年1月末で閉店する。運営会社のそごう・西武が決定を地元に伝えた。沼津のみならず、東部でも唯一の百貨店で、衝撃は商業関係者にとどまらず一般市民に広がっている。「商都・沼津」の沈滞を象徴する出来事だ。
 

 決定を受け、市は中心市街地の活性化と都市機能の再生、集積に向けた庁内委員会を緊急に立ち上げた。商工業者などでつくる市中心市街地活性化協議会も「まちづくり部会」(仮称),設置する方針を固めた。官民が連携し、中心街そのものの在り方を根本的に見直す機会とすべきだ。
 

 同店は1957年、西武が地方第1号店として出店した老舗。盛期には伊豆半島を含む広域から多くの集客があり、売上高は200億円を超えたが、2011年度は74億円とそごう・西武26店舗中、最下位だった。

 中高年層や贈答品など一定需要はあったが、若い世代の関心は低かった。駅前に立地する百貨店という業態自体が、沼津など地方都市に合わなくなったという見方もある。
 

 西武撤退のうわさは以前からあり、2年前には厳しい状況を説明するそごう・西武の山下国夫社長に、市長らが存続を説得した。業績が悪化する同店を中心市街地の中核にしたまま依存してきた行政や商業界は反省しなくてはならない。
 

 中心市街地の年間商品販売額は大幅な減少が続き、空き店舗率は4月時点で約10%と、この10年間でほぼ倍増した。昨年の歩行者通行量は00年の半分以下だ。付け焼き刃的に空き店舗を埋めても、効果は限られる。
 

 西武撤退で最も懸念されるのは中心街の空洞化の加速だ。跡地利用については、まちづくり全体の視点で考えるべきで、商業施設だけが選択肢ではない。中心部に人口を増やすためのマンションや文化施設なども視野に入れたらどうか。
 

 沼津駅北口には14年夏、県と市による東部コンベンションセンター「プラサ・ヴェルデ」が開業する。県東部の拠点施設にふさわしい駅周辺のにぎわいは各種催事の誘致に欠かせない。懸案の駅周辺の鉄道高架事業の先行きが不透明なままでは、西武跡地への進出意欲や誘致活動にもマイナスになる。
 

 沼津市では昨年、沼津東急ホテルが事業譲渡し、全国ブランドの撤退が続く。半世紀以上も親しまれていた百貨店の閉店に「来るべき時が来た」と受け止めた市民も多い。西武撤退を新たなスタートととらえ、市は中心街の立て直しを急いでほしい。

(静新平成2471日朝刊)

記事検索
月別アーカイブ
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ