素晴らしい

松の木は残った

松の木は残った

ー千本松原築山顛末記ー 林茂樹

千本松原の松の木は、伐採されずに残りました。多くの皆さまの温かいご支援のおかげだと心から感謝申し上げます。

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平成二十六年、沼津市は住民の命を津波から守る津波避難施設という名目で、千本松原の一画に「築山」(人工高台)を造成する計画を立てました。千本松原の松を百何十本も伐採し、田子の浦港の浚渫(しゅんせつ)土にセメントを混ぜて盛り土をし、標高十五㍍の「築山」を造成しようということでした。

これを知り、同年九月十六日、時の栗原裕康市長、副市長、教育長をはじめとする沼津市当局と、市議会議員の皆さまに「千本松原の松を守ってくださいー」という請願書を提出いたしました。しかし、聞く耳を持ってはいただけませんでした。

そこで「松の木伐採反対」の署名運動に入り、沼津牧水会や市民の皆さまのご協刀を得て、数日で数千人の署名が集まり、十月九日、市長に署名簿を提出しました。

栗原市長は、十一月十三日に植生学専門の宮脇昭横浜国立大学名誉教授を招いて意見を聴いたものの、松の伐採方針も、「築山」の高さの変更もしないとの意を表明しました。

これに納得できず、十二月十二日、松を伐採せずに津波から住民の命を守るための代替案を提示するなどしながら、松の伐採反対運動を継続してまいりました。

二十七年三月、沼津市は、「築山」の造成に伴う松の伐採計画をやっと見直すことになり、磐田市から樹木医の正木伸之氏を招き、「孤高の松」「夫婦(めおと)の松」と愚生(ぐせい)が名付けた三本の太い松の根回しを実施し、発根状態を見守ることになりました。

このため、三本の太い松の移植が可能であることが確認できるまでは、「築山」造成に着手しないであろうと思っていたところ、三本の松を避ける形に「築山」の一部形状を一時的に変更し、十月一日から造成工事に着手すると地元の自治会に通知したということを知りました。

驚いて、九月二十四日、これに反対する嘆願書を栗原市長に提出しましたが聞き入れてもらえず、造成工事が始まり、翌二十八年三月末には、太い松三本を避けた形で一部土嚢(どのう)積みの「築山」が完成しました。

その後、三本の太い松の樹勢と、「築山」は危険な山ではないのかと気にしながら見守ってまいりましたが、三本の太い松の根回しをして三年を迎えた今月八日、樹木医が松の発根状態を確かめることになり、現場に立ち会わせてもらいました。樹木医が出した結論は、移植したら枯れる可能性が高いということでした。

このため、沼津市当局は、三本の太い松の移植を断念。「築山」の土嚢積みになっている部分について、三本の松の木の根を圧迫しないように配慮しながら補強し、安全な「築山」にする計画だそうです。

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千本松原は戦国時代、戦乱によって伐採されたものの、増譽上人(垂蓮寺の開山)が塩害に苦しんでいた住民と力を合わせて復元した松原だと伝えられております。

また、大正十五年には、この千本松原の松を伐採しようとした県の計画に、歌人若山牧水は、乗運寺住職杯彦明(はやし・げんみょう)や住民と共に反対する運動に立ち上がり、この計画は中止されました。

住民によって植えられ、幾世代もの人々によって守られてきた千本松原は、沼津市にとって、かけがえのない大切な財産です。

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今、千本松原の松の木が一本も伐採されず、生かされることに感謝し、現に存在する「築山」が、多くの方に親しまれ、愛される、松原と一体化した美しい「山」になってくれることを期待することにいたします。

そして、自然と共に生きているのだということを再認識し、自然を大事にしていきたいと思います。ご支援してくださった大勢の皆さまに、あらためて心から御礼申し上げます。

(千本山乗運寺住職、沼津牧水会理事長)

(沼朝平成30217日号)
2018年02月17日09時26分07秒0001

第11回 スケッチ会作品発表会

第11回 スケッチ会 作品発表会

615日(木)~21日(水)

 

 静銀アゴラ8階ギャラリー「四季」

 沼津市大手町4-3-45電話 055-952-3401

 

 「楽しければそれでいい!」が合言葉で始まった

スケッチ会も今年で11年を迎えました。

 まだまだ道半ばですが、

 気持ちも新たに、日頃の成果を発表いたします。

 皆様のご来場をお待ちしています。


2017年05月24日18時22分12秒0001

平成29年1月3日(火)象山からの日の出

平成29年1月3日(火)朝日を浴びる、富士と川と街

尾林達成氏の瑞宝小受賞受賞を祝う会

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