瀬川裕市郎さんが他界されたことが、まだ信じられません。
瀬川さんとのお付き合いが始まってから七年になります。
市立図書館で開かれた明治史料館の企画展「御成橋命名百周年記念時を駆けた橋」のポスターに使われた写真の一枚は、幼稚園児だった自分が亡き父と、屋根を切り取ったマツダ・クーペで御成橋を渡るところを写したものでした。誰が撮影したかも不明の写真ですが、瀬川さんが学芸員を務められた市歴史民俗資料館所蔵のものです。
この写真が収められた瀬川さん監修の『沼津今昔百景』(平成十四年、羽衣出版刊)は、わたしに郷土史研究に打ち込む心と魂を吹き込んでくれた名写真集です。
企画展の後、瀬川さんからの依頼で、NPO法人海風47主催の講演を受け持ったり、高尾山古墳保存の街頭署名活動に参加させていただいたりしましたが、十分なお手伝いもできなかったことを瀬川さんの御霊に対してお詫び申し上げます。
この数年間、わたしの患者さんとしても接して参りましたが、いつも手には、文芸関係から理化学関係にいたるまで多分野の本を持たれ、それを手放した姿は一度もない読書家でした。
昨年の暮れ、最後に診察した際、「防災訓練で階段を上ったら苦しくなった」とのことで、心配していました。
「ボクは沼津が好きだ。大好きだ」
前記書籍の巻頭言です。「瀬川さんのこの言葉が、郷土への情熱を呼び覚ましてくれました」と瀬川さんに伝えた時、恥ずかしそうに微笑まれた優しいお顔が瞼に浮かびます。
瀬川さん、有難うございました。
(郷土史家、市場町)
【沼朝令和2年1月30日(木)「言いたいほうだい」】